「秩父丸」は1930年に竣工した豪華客船で、「淺間丸」「龍田丸」とともにサンフランシスコ(米国)航路へ投入されましたが、39年に時の情勢により、船名を「鎌倉丸」へ改名しました。
『THE TRAVEL BULLETIN』32年4月号では、日本様式のインテリアを取り入れた「秩父丸」の一等船客専用のベランダ(以下、一等ベランダ)について触れています。
この一等ベランダは(株)髙島屋が鎌倉時代の建築様式にのっとり制作したもので、その独特な建築構造と内装はとりわけ外国の船客にとって興味深い場所の一つでした。
一等ベランダは船尾、右舷、左舷の甲板に囲まれていて大きな窓がありました。ポーチ(玄関)へ渡る中門とヒノキの皮葺屋根は、17世紀京都の著名な造園師小堀遠州(1579~1647)手法が再現され、欄間は青緑色で唐草模様の透かし彫りが入っていました。ベランダの壁はナラ材、入り口のドアはチーク材、天井は格子状で艶のあるだいだい色のガラスがはめ込まれており、さらにベランダの正面中央に作られた床の間には、立派な兜、その両脇に弓矢と太刀が陳列されていました。それら陳列品の背後の壁には3枚の木製盾が掲げられており、中央の盾には「秩父丸」が船名をいただいた秩父神社(埼玉県)の神紋が描かれ、床の間の両脇には侍が使用した陣笠も掛かっていました。またベランダの外は広々としたポーチになっていて、ポーチから階段を下りると絶え間なく水が湧き出る噴水、そしてその中央には秩父神社へ奉納された唐獅子をかたどった石像がありました。
机と椅子を備え、鉢植えの花や植樹を配置したこの一等ベランダは、船内でもっとも落ち着いた場所の一つだったと記載されています。さらにこのポーチの階段で撮影した著名人の写真が多く現存しることからも、「秩父丸」船上でとても魅力的な場所だったことがうかがえます。
設計図を基に作られた「秩父丸」の精巧な模型が、日本郵船歴史博物館に展示されています。一等ベランダの構造がよく分かりますので、ぜひお越しください。
『THE TRAVEL BULLETIN』:1920~41年、日本郵船が発行した英文広報誌。全195巻
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グループ報「YUSEN」
2015年12月号No.700